遅ればせながら

昨日友花里ちゃんが仙台及びその一帯に行きたいと言うのでおらがサラリーマン時代にお世話になった仙台在住の社長に数年ぶりに電話してみた。

とても喜んでくれて是非萩原さんも一緒においで下さいと仰るのでお言葉に甘えて行って来ましたよ仙台に。

実は何年も前から一度社長の所には行かなくっちゃと思っていたもんで。

着いたのはお昼を回ってしまいましたが午前中からタクシーをチャーターして待っててくれたそうです。

まずは社長の(今は会長だそうです)行きつけのお寿司屋さんで腹ごしらえ。↓

何年ぶりだろ?お寿司屋さんなんて・・

回る寿司やさんはよく行くけどネタがまったく違いますねーやはり。

ここは情報誌にも載ったり有名人も来るお店だそうです、とても美味しくて友花里ちゃんも感動しきりでした。

ご馳走様でした社長。

ネタの写真が無い~

このお店も津波でカウンターの上まで海水が来て大変だったらしいけど頑張って再建されました。

お昼をご一緒するだけのつもりでしたがそのままタクシーで被災地を回ってくれました。

ここ↓は住宅街だったそうです。

写真では草で住宅の基礎も隠れてますが基礎だけが確かにそこに沢山の住宅が有った事を証明しています。

向こうが見えない程沢山有った防風林もこの通り。↓

根こそぎ倒されて残ったのはこれだけ。

松がまったくない区間も結構有りましたが少し残っている写真でないと想像出来ませんね。

この高台の神社に逃れてきた皆さんも津波で全て流されて犠牲になってしまいました。↓

松の上の方にしがみついていた方だけがかろうじて助かったとの事です。

丘の上に登ると住宅の基礎だけが延々と続く景色。↓

手を合わさずにはいられません。

タクシーの運転手さん曰くこの地域は住宅が密集してたそうです、全て津波で跡形もなく流されて撤去した訳ではないそうです。

たま~に残っている住宅もあるにはありますが傾いて住む事は出来ません。

もっとも水も電気も電話もガスもありませんし。

海のそばの小学校。

かろうじて水は屋上のすぐ下で止まったそうです。

白河も被災地ではありますが地震だけの被害で津波の被害はテレビでしか見てませんでした。

テレビで見ていた風景を実際に目の当たりにするとまったくインパクトが違いますね。

今更ながら自然の力の怖さ強大さを改めて感じました。

亡くなられた皆さんのご冥福をお祈り致します。

仙台市内に戻って青葉城址に有る伊達政宗の像。↓

そこから眺める仙台市。↓

会長さんには今日は1日大変お世話になりました。感謝感謝。

おまけ

シンバの膝で寛ぐソラちゃん。

なんだか津波に遭われた方には申し訳無いくらい平和だな。

ほいじゃおやすみなさい。

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遅ればせながら” に対して4件のコメントがあります。

  1. のんのり(松本伸子) より:

    忘れちゃいけませんね

    やまざるさん、ご報告ありがとうございます。

    報道が少なくなって日常に埋没していると

    あの日起こったことがどんなに悲惨だったのか、

    忘れてしまいそうになります。

    マスコミの報道も少なくなりました。

    決して忘れてはいけないと思います。

    近くに住むホルン奏者の友人が恒例の東北訪問で

    ホルンを吹いて皆さんと交流します。

    そうしてブログで伝えてくれること。大事な情報です。

    ゆかりさんの活動も頼もしいです。

    泣けます。そして頑張ろうって思えます。

  2. やまざる より:

    のんのりさんへ

    こんばんは、のんのりさん。

    福島ではいまだに震災については何らかの報道がありますが西の方では減ってるのでしょうね。

    白河は福島の内陸部にあるので津波の跡は今回初めて見ました。

    復興復興と騒いではいますがまったく手付かずの状況に驚きました。

    住民の総意や法律これからの町づくりの方向性などが決まらないと手が付けられないという面も有りますが・・・

    しかしあの日、3月の寒さの中ここで海に飲み込まれた大勢の人が居たという事は決して忘れてはいけないと感じました。

    さらに福島では放射能の被害も追い打ちをかけてます。

    東電と国は責任を持って最後まで誠意ある対応をお願いしたいものです。

    ゆかりちゃんも色々なものを見て感じて頑張って自分の進むべき道を模索しているようでした。

  3. より:

    Unknown

    震災後、物資を送り、応援に行こうにもガソリンが無くて行けず。

    やっと買えるようになって行ってみた結果、仙台の街中と海岸沿いとの温度差に涙が出ました。

    街中の人は普通に住んでるのに対して海岸沿いはライフラインがまだ。

    線を引いたかのように全然違うんですよ。

    遠くの人が支援してるのに近くのヤツらは何してるんだ!

    呆れました。

    でも私は出来るだけのことは今もやってます。

  4. やまざる より:

    嵐さんへ

    こんばんは、嵐さん。

    まー確かに見た目は市内と沿岸部では大分違いますね。

    社長は市内だったので家は流されませんでしたが水や電気も無く大変だったそうですよ。

    お寿司屋さんも今では普通ですが水が入って什器や冷蔵庫など全て失ったそうですし。

    仮設住宅も市内だし結構市内の人も関わってるとおもいますよ。

    色々な支援ありがとうございます。

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